こちらはサイキックハーツ(通称サイハ)のプレイキャラクター
茉莉春華(d10266)と三田村太陽(d19880)のブログという設定のなりきりキャラブログです
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「か―――ッ!」
車両に響く、赤ん坊の泣き声。
甲高いそれは歌に魂を捧げる仲間を、そしてあたしの肉体を鋭く引き裂いた。
がくり、と膝をついた。
カウボーイハットを被った黒猫が心配そうにあたしの顔を覗き込む。あたしの使役ゴーストであるケットシー・ガンナーのガナーだ。
大丈夫、まだ戦える。そう答えたいのに身体は動かない。
作戦では赤ん坊を眠らせた後にあたしが赤ん坊を受け取り、皆に守られながら支援に回るはずだった。
だから、倒れるわけにはいかなかった。だけど――
(駄目…!倒れちゃ、駄目なのに――…)
抗おうと戦うあたしの魂は、深く切り裂く声に敵うことはなかった。
車両に響く、赤ん坊の泣き声。
甲高いそれは歌に魂を捧げる仲間を、そしてあたしの肉体を鋭く引き裂いた。
がくり、と膝をついた。
カウボーイハットを被った黒猫が心配そうにあたしの顔を覗き込む。あたしの使役ゴーストであるケットシー・ガンナーのガナーだ。
大丈夫、まだ戦える。そう答えたいのに身体は動かない。
作戦では赤ん坊を眠らせた後にあたしが赤ん坊を受け取り、皆に守られながら支援に回るはずだった。
だから、倒れるわけにはいかなかった。だけど――
(駄目…!倒れちゃ、駄目なのに――…)
抗おうと戦うあたしの魂は、深く切り裂く声に敵うことはなかった。
深く、深く。闇の中に落ちていく。
『ちょっとうまいからって調子に乗ってるんじゃない?あの子』
何も見えない闇の中、影からクスクスと嘲笑う声が聞こえてくる。
『どうせ大したことなんてないくせに。プロデューサーに媚び売っちゃって』
姿は見えない。だけど、暗闇の中から確かに声がする。
――知ってる。あたし、この子たちのこと知ってる。
『たった半年でデビューなんてありえなくない?裏で何かコネ使ってるって絶対』
――違う!あたし、そんなことしてない!
見えない声はあたしを蔑み笑う。あたしは必死に耳を塞ぐがそれでも声はあたしを嘲笑い続ける。
『親が金出してるとか?あ、カラダで売り出してるのかもよ!』
『えー、でもあの子中学じゃなかったっけ?だいぶフケ顔だけど』
『マジで!?中学生でそれってマジヤバいんですけど!!』
あたしへと向けられる嘲笑は四方から聞こえてくる。
かたかたと歯が鳴る。恐怖で体が震える。
――やめて!そんなこと、そんなことしてないのに…!
『そういやさ、また行方不明出たらしいよ?今度はBクラスの子』
『マジでー?これでもう3件目じゃん』
『半年前からだよねー。あの子が来たのと同じ時期じゃなくない?』
『もしかして、犯人あの子じゃね?』
『自分より上手い人間殺して回ってる…って?うわそれ怖いんですけどー』
――そんなことするわけない!なんでそんなことを言われなきゃいけないの!?
記憶が蘇ってくる。無垢に夢を抱いていた頃に。
自分の力も、この世界の真実も、そして人間の醜さも知らなかった頃。
『どうせならあの子が消えればいいのに』
『目障りだよねー、正直』
『純粋そうな顔してさー。腹の中じゃ私達のこと見下してるって絶対』
『ちょっと顔がよくって歌もうまいからってさ。調子に乗りすぎよね』
『本当、もうさ』
『死ねばいいのに』
「―――!!!」
闇の中、あたしはうずくまる。闇の中から聞こえる少女たちの声は嘲笑い続けた。
中学の頃、学園祭のステージで歌ったあたしはたまたまそれを見た音楽関係者の目に留まり、スカウトされた。
曰く、「心に直接響くような素晴らしい歌声」だと。
何も知らないあたしはそれを素直に喜び、誘われるままに音楽プロダクションへと入った。
でも、それはあたしが能力者――フリッカースペードだからとわかっていたら、あたしはどうしていただろう?
音楽プロダクションに所属して、あたしは同じく歌手を志す子たちと共にレッスンに励んだ。
自分の能力の理由を知る人がいないそこで、あたしはあっという間に上へと上がっていった。
指導してくださる先生方、そしてプロデューサーさんたちはあたしのことを褒めちぎった。100年に1度の逸材だと。
だが、それを快く思わない生徒達は少なくなかった。
当然の話だ。同じレッスンを受けているはずなのに、あたし一人だけが簡単に上に昇っていく。
狭き門であるこの世界で、抜きん出た存在はさぞ目障りだっただろう。
あたしはすぐ、いじめの対象になった。
何人かで組むときにあぶれるなんてことは当たり前。
近くを通れば皆あたしを避けるように離れていく。背後からはいつもひそひそと声がした。
鞄を引き裂かれたことも何度かあった。下駄箱に不幸の手紙を詰められたのも時々。
個別に分けられてある傘立てに、腐ったおにぎりを詰められたこともあった。
その時期、そのプロダクションの中で生徒が行方不明になる事件が何度かあった。
その事件がたまたまあたしが所属した頃と重なったが為に、あたしが犯人ではないかという噂がまことしやかに広まっていった。
突然現れて不思議と評価される生徒、才能のある生徒ばかりが消えていく事件。噂の種にはもってこいだった。
その噂が広まっていくほど、あたしに対するいじめは段々とエスカレートしていった。
誰もあたしとは一言も口を利かなくなった。不幸の手紙は『自首しろ』『この殺人鬼』『消えてなくなれ』と殺人犯呼ばわりの内容に変わっていった。
周りがあたしに向ける視線が目障りなものを見る嫌悪のものから奇異なものを見る目へと変わっていった。
あたしは、孤独だった。
そんなあたしに、優しく声をかけてくれる先生がいた。
とても美人でスタイルもよくて、笑顔が可愛らしい若い女講師。彼女はいつもあたしの歌を褒めてくれていた。
あたしはその先生だけは味方だと思いこんでいた。
だがある日、あたしのことを快く思わない生徒の一人があたしを誰も来ない資料室へと閉じ込めた。
そのときはもう既に夜も遅く、あたしが閉じ込められていることに気付かずに皆帰ってしまった。
当時携帯を持っていなかったあたしは、誰もいない事務所で一人泣きながら夜を過ごすことになってしまった。
誰もいない事務所は不気味なまでに静まり返っていて、臆病者のあたしはそれが恐ろしくて仕方がなかった。
……だが、その静寂は朝まで続くものではなかった。
閉じ込められて何時間か経ったころ、遠くの方から何か物音がした。
誰かがいると思ったあたしは喜び、助けを求めようとした。
だが、よく聞けばそれは、何かが倒れ、壊れ、何かが暴れるような音だった。
危険な人間が入ってきたんだ。そう思ったあたしは資料室の隅に隠れ、震えながらその音が止むのを待った。
その何かが暴れるような音は、大分長く続いた。そして最後に聞こえたのは女性の甲高い悲鳴。それが耳に入ったとき、びくりと大きく身を震わせた。
きっと行方不明事件の犯人がここにいるんだ。そしてきっとまた誰かを殺したんだ。あたしの頭の中はそんな考えでいっぱいだった。
いつの間にか、足音が自分のいる資料室へと近づいてきた。ぞくり、と悪寒がした。
次に殺されるのは、あたしなんだ。嫌な想像が心を縛り、恐怖が身体の自由を奪う。
かつんかつん、と近づいてくる足音。複数あるそれは確実にこちらへと近づいてきた。
いやだ、こないで。そう願いながらも足音は資料室の前に止まり、ドアから人影が覗く。
かちゃかちゃと鍵を弄る音が聞こえ、がちゃりと鍵の開く音が響き―――あたしの意識が途切れた。
次に気がついたのは、もう既に日が昇った頃だった。講師の先生があたしを見つけてくれたのだ。
あたしは何もされていないか自分の身体を確認したが、特に何かされた様子はなかった。まるで、昨晩の出来事が恐怖の中で見た悪夢であったかのように。
あたしはそれを夢だったのだと思ってそのまま帰宅したが、恐怖の一夜は夢ではなかったのだと翌日知ることになる。
翌日、教室は新たな行方不明者が出たと言う噂でもちきりだった。いなくなったのは――あたしによくしてくれていた、あの女講師だった。
唯一の味方がいなくなった絶望と共に、向けられるのはあたしへの畏怖の眼差し。
女講師がいなくなった夜にあたしが事務所に取り残されていたということは、閉じ込めた犯人である子がすぐに周りへと言いふらしていた。
周りはほぼ完全に、あたしが犯人だと決め付けていた。
なんで、あたしがこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
味方になってくれていた人を失い、常に責めるような視線を浴び続けて、犯人は別にいるのに。
なんで、あたしが―――
数日後、あたしは音楽プロダクションを辞めた。あたしを責めるような空気に耐え切れなくなったからだ。
大好きな歌を歌ってみんなに聴いてもらいたい。それがあたしの夢だった。
だけど、もう歌なんて歌いたくない。聴くのも嫌だった。
何もしていないのに妬まれ、嫌われ、蔑まされ、疑われ、怯えられ、責められ。
もう、限界だった。
噂によれば、あたしが辞めてからは行方不明事件は起こることはなかったのだという。
当たり前の話だ。あの夜の侵入者は銀誓館の能力者で、あの時いなくなった女講師――リリスが真犯人だったのだから。
あの時彼らがリリスを倒さなければ、次に消えていたのは本当にあたしだったなんて、知る由もなかった。
それから長い間、あたしは歌うことができなかった。能力者として目覚めるその時まで。
あたしの歌は破滅と救い。それはどちらもこの能力があたしに眠っていたから起きたこと。
この力がなかったら、あたしはもっと違う道を歩めたのかな?
「わぁ…」
ふと聞こえた感嘆の声。あたしの意識は闇から引き戻された。
「2人とも! 大丈夫なのかな?」
掛けられた声。それが意識を現実へと引き戻す。
あぁ、そうか。あたし、英霊と戦って…やられたんだ。
「いたっ……あたし、抗いきれなかった……」
隣で倒れていた少女もゆっくりと起き上がり、自身の無力さを嘆き、涙を溢れさせる。
……あたしはまた、抗いきれなかった。身を切り裂くような『声』に。
だが、周りの仲間達の表情はあたしたちを励ますように明るかった。それは、この依頼の成功を意味していた。
その声に励まされ、あたしは傷だらけの身体を起こしにこりと笑った。
だけど、その時あたしは引退しようと思ったんだ。
あたしはガナーと別れるのが嫌で、能力者を続けるつもりでいた。
でも、この力がなければもっと別の道を選ぶことが出来た。そう思った途端、この力が憎く思えてきた。
こんな力が、こんな力さえなければ…。そんな思いがちくちくと胸を突き刺していく。
傷だらけの身体を引きずって、あたしは家へと帰った。
ひどい傷のあたしを見た家族は何があったのかと心配してきたが、あたしは笑って誤魔化し自室へと篭った。
こんなに無力な力なのに、その力があたしの夢をずたずたにした。ベッドに横になったあたしの頭の中は悲観的な考えでいっぱいだった。
パワーアップなんかしたって無駄なんじゃないか?いや、きっともっと悪いことが起こるに違いない。あたしの思考はどんどんと深みに落ちていった。
いらない。こんな力なんていらない。何も得られない、何も守れない力なら、もう必要ない。
あたしは嗚咽を漏らし、枕に顔を埋め――いつの間にか、眠りに落ちていた。
あたしは、白の世界にぽつんと立っていた。
何もないそこで呆然と立っていると、歌が聞こえてくる。優しい子守唄。
――もう嫌っ!歌なんかもう聴きたくないっ!!
あたしは必死に目を閉じ耳をふさぐ。だけど、その歌声はあたしを包み込む。
やさしい、暖かい歌声。
それは、頑なになったあたしの心を慰めるような、宥めるような歌声だった。
――誰?この歌を歌っているのは?
恐る恐る目を開く。
目の前に立っていたのは赤ん坊を抱く女性。先ほど戦った英霊を彷彿とさせたが、その女性は骸の聖女ではなく――
「……あたし?」
――あたしにそっくりで、優しげに笑う女性だった。
あたしは直感した。これは、あたしではない。だが、とても近しい誰か。
女性は歌う。世界を恐れることはないと。誰もひとりではないと。それは――
「あたしの、うた…」
女性の歌声は、徐々にあたしを包み暖めていく。
恐れないで、あなたには力があるから
それは小さくても、みんなと手を繋げば誰にも負けない力になる
優しい歌声が心を解きほぐしていく。
ほろり、と涙が頬を伝った。
あぁ、わかった。彼女は伝えたいんだ。自分は恐れる存在ではないと。あたしを守る力だと。
彼女は、英霊なんだ。
はっ、と目が醒めた。
そこはいつも朝を迎える自分の部屋。外は薄暗く、陽は落ちようとしている。
枕元にはイグニッションカード。大丈夫、まだ引退なんて早まってなんかいない。カードを胸のポケットにしまう。
起き上がる。身体が痛い。仮に生命賛歌の力があったとしてもここまで短時間で癒える傷ではない。
それでも構わずあたしは駆け足で部屋を出て玄関へと向かう。それに気付いたお母さんがあたしを見て驚き声を上げる。
「春子、どうしたの?そんな身体で何処に行くの?」
「学校。忘れ物をしてきたの」
「忘れ物って…。もう暗くなるから明日にしなさい」
「ううん、駄目」
靴紐をきつく結ぶ。すっくと立ち上がる。
「今日じゃなきゃ、駄目なの」
飛び出すように、あたしは家を出た。
雨が続いた日の夜は、思っていたより肌寒くて。薄着で飛び出してきたことを少し後悔したけど引き返して上着を取りに行く気にはなれなかった。
3年間通った銀誓館学園への道。慣れた道をあたしはひたすら駆けた。走るたびに傷がうずくけど、それに構っていたくなかった。
日も落ちた時間の校舎は残っている生徒はほとんどいなくて。ちらほらと教室の窓から灯りが漏れているだけだった。
あたしは校舎の中へと入り、来賓用のスリッパを勝手に借りて校舎の階段を駆け上がる。目指すは、屋上。
ばたん、と屋上への扉を乱暴に開く。視界に広がるのは暗い夜空と明かりのともった鎌倉の町並み。
肩で息をするあたしは懐からカードを取り出して夜空へと高く突き上げる。
「歌の英霊!いるんでしょ!!いるんだよね!?」
周りを見渡す。答えるものはない。
「あたしに力をちょうだい!ちっぽけで、てんで役立たずなあたしだけど…」
冷たい風が身体を撫でる。寒さで身体が震える。
「あたしじゃまだ使いこなせないかもしれない!ううん、使いこなせないと思う!だけど…だから…!」
くらり、と頭が揺れる。重傷の傷に夜風はまだ厳しかったかもしれない。
「もう守れない力じゃ嫌なの!あたしも、あたしも歌いたいの!!だから……!!」
力を、ください。
「リベレイション!!!」
いつか、あなたのその歌に届くように。
今度こそちゃんと、大事なものを守る歌が歌えるように。
ふわり、と何かが降りてきたような感覚がした。
身体に力が隅々まで行き渡るような感覚。イグニッションをした時のそれに似ていたけど、それよりも遥かに強い力が感じられた。
これが、英霊の力リベレイション。
ゆっくりと目を閉じる。身体の内に感じる溢れんばかりの熱い力。
「……今度こそ、使いこなして見せるから」
さっき見た夢はただの夢だったのかもしれない。けど、あれはあたしを待っていた英霊が見せたものだと思いたかった。
あたしそっくりの姿で、骸の英霊のような姿で。ちゃんとあたしが気付くようにそんな姿をとって。
「――~~…♪」
あたしの口は自然と歌を口ずさみ始めた。思うが侭に、あるがままの歌を。
新しいこの力で、あたしは誰かを守れるのかな?
ちゃんと誰かの役に立てるのかな?
そうなれたら、いいな。
いつかあたしが誰かと恋に落ちて、結婚して、子供が出来たら
今度こそ胸を張って歌えるように、そんな未来が来るように、あたしは明日からまた戦いの日々を始める。
これは、あたし一人の力じゃないから。だから、戦える。
『ちょっとうまいからって調子に乗ってるんじゃない?あの子』
何も見えない闇の中、影からクスクスと嘲笑う声が聞こえてくる。
『どうせ大したことなんてないくせに。プロデューサーに媚び売っちゃって』
姿は見えない。だけど、暗闇の中から確かに声がする。
――知ってる。あたし、この子たちのこと知ってる。
『たった半年でデビューなんてありえなくない?裏で何かコネ使ってるって絶対』
――違う!あたし、そんなことしてない!
見えない声はあたしを蔑み笑う。あたしは必死に耳を塞ぐがそれでも声はあたしを嘲笑い続ける。
『親が金出してるとか?あ、カラダで売り出してるのかもよ!』
『えー、でもあの子中学じゃなかったっけ?だいぶフケ顔だけど』
『マジで!?中学生でそれってマジヤバいんですけど!!』
あたしへと向けられる嘲笑は四方から聞こえてくる。
かたかたと歯が鳴る。恐怖で体が震える。
――やめて!そんなこと、そんなことしてないのに…!
『そういやさ、また行方不明出たらしいよ?今度はBクラスの子』
『マジでー?これでもう3件目じゃん』
『半年前からだよねー。あの子が来たのと同じ時期じゃなくない?』
『もしかして、犯人あの子じゃね?』
『自分より上手い人間殺して回ってる…って?うわそれ怖いんですけどー』
――そんなことするわけない!なんでそんなことを言われなきゃいけないの!?
記憶が蘇ってくる。無垢に夢を抱いていた頃に。
自分の力も、この世界の真実も、そして人間の醜さも知らなかった頃。
『どうせならあの子が消えればいいのに』
『目障りだよねー、正直』
『純粋そうな顔してさー。腹の中じゃ私達のこと見下してるって絶対』
『ちょっと顔がよくって歌もうまいからってさ。調子に乗りすぎよね』
『本当、もうさ』
『死ねばいいのに』
「―――!!!」
闇の中、あたしはうずくまる。闇の中から聞こえる少女たちの声は嘲笑い続けた。
中学の頃、学園祭のステージで歌ったあたしはたまたまそれを見た音楽関係者の目に留まり、スカウトされた。
曰く、「心に直接響くような素晴らしい歌声」だと。
何も知らないあたしはそれを素直に喜び、誘われるままに音楽プロダクションへと入った。
でも、それはあたしが能力者――フリッカースペードだからとわかっていたら、あたしはどうしていただろう?
音楽プロダクションに所属して、あたしは同じく歌手を志す子たちと共にレッスンに励んだ。
自分の能力の理由を知る人がいないそこで、あたしはあっという間に上へと上がっていった。
指導してくださる先生方、そしてプロデューサーさんたちはあたしのことを褒めちぎった。100年に1度の逸材だと。
だが、それを快く思わない生徒達は少なくなかった。
当然の話だ。同じレッスンを受けているはずなのに、あたし一人だけが簡単に上に昇っていく。
狭き門であるこの世界で、抜きん出た存在はさぞ目障りだっただろう。
あたしはすぐ、いじめの対象になった。
何人かで組むときにあぶれるなんてことは当たり前。
近くを通れば皆あたしを避けるように離れていく。背後からはいつもひそひそと声がした。
鞄を引き裂かれたことも何度かあった。下駄箱に不幸の手紙を詰められたのも時々。
個別に分けられてある傘立てに、腐ったおにぎりを詰められたこともあった。
その時期、そのプロダクションの中で生徒が行方不明になる事件が何度かあった。
その事件がたまたまあたしが所属した頃と重なったが為に、あたしが犯人ではないかという噂がまことしやかに広まっていった。
突然現れて不思議と評価される生徒、才能のある生徒ばかりが消えていく事件。噂の種にはもってこいだった。
その噂が広まっていくほど、あたしに対するいじめは段々とエスカレートしていった。
誰もあたしとは一言も口を利かなくなった。不幸の手紙は『自首しろ』『この殺人鬼』『消えてなくなれ』と殺人犯呼ばわりの内容に変わっていった。
周りがあたしに向ける視線が目障りなものを見る嫌悪のものから奇異なものを見る目へと変わっていった。
あたしは、孤独だった。
そんなあたしに、優しく声をかけてくれる先生がいた。
とても美人でスタイルもよくて、笑顔が可愛らしい若い女講師。彼女はいつもあたしの歌を褒めてくれていた。
あたしはその先生だけは味方だと思いこんでいた。
だがある日、あたしのことを快く思わない生徒の一人があたしを誰も来ない資料室へと閉じ込めた。
そのときはもう既に夜も遅く、あたしが閉じ込められていることに気付かずに皆帰ってしまった。
当時携帯を持っていなかったあたしは、誰もいない事務所で一人泣きながら夜を過ごすことになってしまった。
誰もいない事務所は不気味なまでに静まり返っていて、臆病者のあたしはそれが恐ろしくて仕方がなかった。
……だが、その静寂は朝まで続くものではなかった。
閉じ込められて何時間か経ったころ、遠くの方から何か物音がした。
誰かがいると思ったあたしは喜び、助けを求めようとした。
だが、よく聞けばそれは、何かが倒れ、壊れ、何かが暴れるような音だった。
危険な人間が入ってきたんだ。そう思ったあたしは資料室の隅に隠れ、震えながらその音が止むのを待った。
その何かが暴れるような音は、大分長く続いた。そして最後に聞こえたのは女性の甲高い悲鳴。それが耳に入ったとき、びくりと大きく身を震わせた。
きっと行方不明事件の犯人がここにいるんだ。そしてきっとまた誰かを殺したんだ。あたしの頭の中はそんな考えでいっぱいだった。
いつの間にか、足音が自分のいる資料室へと近づいてきた。ぞくり、と悪寒がした。
次に殺されるのは、あたしなんだ。嫌な想像が心を縛り、恐怖が身体の自由を奪う。
かつんかつん、と近づいてくる足音。複数あるそれは確実にこちらへと近づいてきた。
いやだ、こないで。そう願いながらも足音は資料室の前に止まり、ドアから人影が覗く。
かちゃかちゃと鍵を弄る音が聞こえ、がちゃりと鍵の開く音が響き―――あたしの意識が途切れた。
次に気がついたのは、もう既に日が昇った頃だった。講師の先生があたしを見つけてくれたのだ。
あたしは何もされていないか自分の身体を確認したが、特に何かされた様子はなかった。まるで、昨晩の出来事が恐怖の中で見た悪夢であったかのように。
あたしはそれを夢だったのだと思ってそのまま帰宅したが、恐怖の一夜は夢ではなかったのだと翌日知ることになる。
翌日、教室は新たな行方不明者が出たと言う噂でもちきりだった。いなくなったのは――あたしによくしてくれていた、あの女講師だった。
唯一の味方がいなくなった絶望と共に、向けられるのはあたしへの畏怖の眼差し。
女講師がいなくなった夜にあたしが事務所に取り残されていたということは、閉じ込めた犯人である子がすぐに周りへと言いふらしていた。
周りはほぼ完全に、あたしが犯人だと決め付けていた。
なんで、あたしがこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
味方になってくれていた人を失い、常に責めるような視線を浴び続けて、犯人は別にいるのに。
なんで、あたしが―――
数日後、あたしは音楽プロダクションを辞めた。あたしを責めるような空気に耐え切れなくなったからだ。
大好きな歌を歌ってみんなに聴いてもらいたい。それがあたしの夢だった。
だけど、もう歌なんて歌いたくない。聴くのも嫌だった。
何もしていないのに妬まれ、嫌われ、蔑まされ、疑われ、怯えられ、責められ。
もう、限界だった。
噂によれば、あたしが辞めてからは行方不明事件は起こることはなかったのだという。
当たり前の話だ。あの夜の侵入者は銀誓館の能力者で、あの時いなくなった女講師――リリスが真犯人だったのだから。
あの時彼らがリリスを倒さなければ、次に消えていたのは本当にあたしだったなんて、知る由もなかった。
それから長い間、あたしは歌うことができなかった。能力者として目覚めるその時まで。
あたしの歌は破滅と救い。それはどちらもこの能力があたしに眠っていたから起きたこと。
この力がなかったら、あたしはもっと違う道を歩めたのかな?
「わぁ…」
ふと聞こえた感嘆の声。あたしの意識は闇から引き戻された。
「2人とも! 大丈夫なのかな?」
掛けられた声。それが意識を現実へと引き戻す。
あぁ、そうか。あたし、英霊と戦って…やられたんだ。
「いたっ……あたし、抗いきれなかった……」
隣で倒れていた少女もゆっくりと起き上がり、自身の無力さを嘆き、涙を溢れさせる。
……あたしはまた、抗いきれなかった。身を切り裂くような『声』に。
だが、周りの仲間達の表情はあたしたちを励ますように明るかった。それは、この依頼の成功を意味していた。
その声に励まされ、あたしは傷だらけの身体を起こしにこりと笑った。
だけど、その時あたしは引退しようと思ったんだ。
あたしはガナーと別れるのが嫌で、能力者を続けるつもりでいた。
でも、この力がなければもっと別の道を選ぶことが出来た。そう思った途端、この力が憎く思えてきた。
こんな力が、こんな力さえなければ…。そんな思いがちくちくと胸を突き刺していく。
傷だらけの身体を引きずって、あたしは家へと帰った。
ひどい傷のあたしを見た家族は何があったのかと心配してきたが、あたしは笑って誤魔化し自室へと篭った。
こんなに無力な力なのに、その力があたしの夢をずたずたにした。ベッドに横になったあたしの頭の中は悲観的な考えでいっぱいだった。
パワーアップなんかしたって無駄なんじゃないか?いや、きっともっと悪いことが起こるに違いない。あたしの思考はどんどんと深みに落ちていった。
いらない。こんな力なんていらない。何も得られない、何も守れない力なら、もう必要ない。
あたしは嗚咽を漏らし、枕に顔を埋め――いつの間にか、眠りに落ちていた。
あたしは、白の世界にぽつんと立っていた。
何もないそこで呆然と立っていると、歌が聞こえてくる。優しい子守唄。
――もう嫌っ!歌なんかもう聴きたくないっ!!
あたしは必死に目を閉じ耳をふさぐ。だけど、その歌声はあたしを包み込む。
やさしい、暖かい歌声。
それは、頑なになったあたしの心を慰めるような、宥めるような歌声だった。
――誰?この歌を歌っているのは?
恐る恐る目を開く。
目の前に立っていたのは赤ん坊を抱く女性。先ほど戦った英霊を彷彿とさせたが、その女性は骸の聖女ではなく――
「……あたし?」
――あたしにそっくりで、優しげに笑う女性だった。
あたしは直感した。これは、あたしではない。だが、とても近しい誰か。
女性は歌う。世界を恐れることはないと。誰もひとりではないと。それは――
「あたしの、うた…」
女性の歌声は、徐々にあたしを包み暖めていく。
恐れないで、あなたには力があるから
それは小さくても、みんなと手を繋げば誰にも負けない力になる
優しい歌声が心を解きほぐしていく。
ほろり、と涙が頬を伝った。
あぁ、わかった。彼女は伝えたいんだ。自分は恐れる存在ではないと。あたしを守る力だと。
彼女は、英霊なんだ。
はっ、と目が醒めた。
そこはいつも朝を迎える自分の部屋。外は薄暗く、陽は落ちようとしている。
枕元にはイグニッションカード。大丈夫、まだ引退なんて早まってなんかいない。カードを胸のポケットにしまう。
起き上がる。身体が痛い。仮に生命賛歌の力があったとしてもここまで短時間で癒える傷ではない。
それでも構わずあたしは駆け足で部屋を出て玄関へと向かう。それに気付いたお母さんがあたしを見て驚き声を上げる。
「春子、どうしたの?そんな身体で何処に行くの?」
「学校。忘れ物をしてきたの」
「忘れ物って…。もう暗くなるから明日にしなさい」
「ううん、駄目」
靴紐をきつく結ぶ。すっくと立ち上がる。
「今日じゃなきゃ、駄目なの」
飛び出すように、あたしは家を出た。
雨が続いた日の夜は、思っていたより肌寒くて。薄着で飛び出してきたことを少し後悔したけど引き返して上着を取りに行く気にはなれなかった。
3年間通った銀誓館学園への道。慣れた道をあたしはひたすら駆けた。走るたびに傷がうずくけど、それに構っていたくなかった。
日も落ちた時間の校舎は残っている生徒はほとんどいなくて。ちらほらと教室の窓から灯りが漏れているだけだった。
あたしは校舎の中へと入り、来賓用のスリッパを勝手に借りて校舎の階段を駆け上がる。目指すは、屋上。
ばたん、と屋上への扉を乱暴に開く。視界に広がるのは暗い夜空と明かりのともった鎌倉の町並み。
肩で息をするあたしは懐からカードを取り出して夜空へと高く突き上げる。
「歌の英霊!いるんでしょ!!いるんだよね!?」
周りを見渡す。答えるものはない。
「あたしに力をちょうだい!ちっぽけで、てんで役立たずなあたしだけど…」
冷たい風が身体を撫でる。寒さで身体が震える。
「あたしじゃまだ使いこなせないかもしれない!ううん、使いこなせないと思う!だけど…だから…!」
くらり、と頭が揺れる。重傷の傷に夜風はまだ厳しかったかもしれない。
「もう守れない力じゃ嫌なの!あたしも、あたしも歌いたいの!!だから……!!」
力を、ください。
「リベレイション!!!」
いつか、あなたのその歌に届くように。
今度こそちゃんと、大事なものを守る歌が歌えるように。
ふわり、と何かが降りてきたような感覚がした。
身体に力が隅々まで行き渡るような感覚。イグニッションをした時のそれに似ていたけど、それよりも遥かに強い力が感じられた。
これが、英霊の力リベレイション。
ゆっくりと目を閉じる。身体の内に感じる溢れんばかりの熱い力。
「……今度こそ、使いこなして見せるから」
さっき見た夢はただの夢だったのかもしれない。けど、あれはあたしを待っていた英霊が見せたものだと思いたかった。
あたしそっくりの姿で、骸の英霊のような姿で。ちゃんとあたしが気付くようにそんな姿をとって。
「――~~…♪」
あたしの口は自然と歌を口ずさみ始めた。思うが侭に、あるがままの歌を。
新しいこの力で、あたしは誰かを守れるのかな?
ちゃんと誰かの役に立てるのかな?
そうなれたら、いいな。
いつかあたしが誰かと恋に落ちて、結婚して、子供が出来たら
今度こそ胸を張って歌えるように、そんな未来が来るように、あたしは明日からまた戦いの日々を始める。
これは、あたし一人の力じゃないから。だから、戦える。
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プロフィール
HN:
茉莉春華と三田村太陽に
年齢:
32
性別:
女性
誕生日:
1992/01/12
自己紹介:
普通に受験して普通に入学した元一般生徒。だが、ある日突然力が覚醒し平穏な学生生活を手放すことになった。大の猫好きで、猫を前にすると他が目に入らなくなるほどの重症。普段は温和な平和主義者なのだが、キレるとその性格が一変する所謂「キレると面倒」な子。歌うことが何よりも(猫と同等なくらいに)大好きで同時に生きがいでもある。モーラットの名前はガナー(アラビア語で歌う)【IBGM:春~spling~/Hysteric Blue】
(ステータス画面より参照)
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